名付けが行われる前から世界中の人達がやってきた「ジャーナリング」
ジャーナリングという言葉を知ったのは、ここ3年ほどのことです。また新しいノート法が出てきたな、と思いました。でもよく調べてみると、それは、僕が、そしておそらく世界中の人がそれぞれや
ジャーナリングという言葉を知ったのは、ここ3年ほどのことです。
また新しいノート法が出てきたな、と思いました。
でもよく調べてみると、それは、僕が、そしておそらく世界中の人がそれぞれやってきたノート法に、あとから名前がついたものだったんです。
僕はその行動を、ずっとフリーライティングと呼んでいました。
頭に浮かんだことを、とにかくありのままに書く。
現役の頃は毎日のようにもやもやすることがあったので、よくガーッと書いていました。
名前は知らなかったけれど同じことをやってきた、という人は、かなりたくさんいるのだと思います。
言葉は14世紀、心のケアになったのは1960年代
で、この言葉はいつからあるのか気になって、調べてみました。
語源は14世紀ごろのジャーナルという言葉だそうです。
日誌のことですね。
フランス語のボンジュールのジュールは日という意味で、それが英語に伝わって、毎日の記録を指すようになった。
17世紀には、日記をつけるという意味の動詞としてジャーナリングという形が使われていたそうです。
もともとは、日記を書くことをジャーナリングと呼んでいたわけです。
そういうことなら、紫式部日記や更級日記がある日本には、1000年ほど前の平安時代からジャーナリングをしていた人たちがいた、と言ってもよさそうです。
その日記に、心理療法という意味で改めて価値を与えたのが、1960年代のアイラ・プロゴフ博士。
出来事の記録だった日記を、自己探求の道具として世界で初めて体系化し、そこにジャーナリングという名前をつけた人です。
そして1986年、ジェームズ・ペネベーカー博士が、もやもやを書き出すとストレスが解消されるという効果を、科学的に証明しました。
今の書く瞑想としてのジャーナリングは、ここから世界に広まっていきます。
60年代にジャーナリングをしていた女子学生
僕は1979年に大学生になりました。
その頃、とにかくよくノートを書いていましたね。
こんな悩みがある、こういう好きな女の子がいる、自分はこれからどうしたらいいんだ。
19歳、20歳ですから、多感じゃないですか。
思うに任せて書き殴っていました。
みなさんも、覚えがあると思います。
科学的な根拠がつく86年までには、まだ6、7年待たなければならなかったわけですが、それより前からやっていた人は世界中にいたんです。
1969年に20歳で亡くなった高野悦子さんという女子学生が、ずっとノートを書いていました。
それが『二十歳の原点』という本になっていて、僕たちの世代にとって、一つのバイブルのようなものだったんです。
60年代の女子学生が、すでに今の意味でのジャーナリングをやっていた。
僕たちはそれを読んで、さらに自分も自分の思いをどんどん書いていったわけです。
2019年から喋るようになって、1日2万字です
僕が爆発的に文字を残し始めたのは2019年です。
Googleドキュメントを開いて、Siriを使って、思いつきをその場で言葉で書くようになりました。
口述ジャーナリングという言い方があるそうですが、まさにそれです。
思い立ったことをずっと喋っていくと、1日2万字ほどになるんですよ。
この中から、本が5冊ほどできています。
2冊は、喋ったテキストをそのまま本にしたものです。
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残りの3冊は、口述ジャーナリングでできたものをもとに、AIと一緒に仕上げました。PR
『二流道』
『鬼実行力』
『ChatGPT壁打ち生産術』
口述ジャーナリングから知的生産をした例、と言えるかもしれません。
喋ったことが、自動的にタスクや本になっていきます
今の僕は、本を書いたり、Brainを出したり、Udemyをやったり、YouTubeをやったり、本当にとっちらかった中でやっています。
それをずっと支えてくれているのが、この口述ジャーナリングです。
次々にやらなければいけないこと、やりたいことが生まれてくる中で、それをどんどん喋っていくじゃないですか。
喋ったものは、そのままだとどんどん埋もれていきます。
そこで以前は、NotebookLMに、今月まだやっていないことは何か、達成できたものは何か、と10日ごとに聞いてまとめていました。
今は自動化されて、毎日のブリーフィングと夜中の仕分けになっています。
今日のジャーナリングが自動的に読み込まれて、自動的に仕分けされて、自動的にタスクやプロジェクトを作ってくれる。
思いつきで喋ったことが埋もれることはありません。
ジャーナリングを、心のケアや書く瞑想で終わらせずに、そこから出てきたものをタスクやプロジェクトや生産へつなげる仕組み。
ここが一つ、僕のユニークなところかもしれないですね。
このあたりは、少し今後まとめてみようかなと思っています。
それも、後日ジャーナリングしながら、内容を詰めているところです。
それではまた!!