月8円で、5年ふてくされました
誰かの成果を見て、手が止まったことはありますか。先に始めた人でも、後から始めた人でもいいのですが、その人が数字つきで成果を出したという投稿を見た日。あせりが出て、ねたましくもなって
誰かの成果を見て、手が止まったことはありますか。
先に始めた人でも、後から始めた人でもいいのですが、その人が数字つきで成果を出したという投稿を見た日。
あせりが出て、ねたましくもなって、そのあとで自分が小さく見えてくる。
自分のやり方が間違っているんじゃないか。
そもそも意味がないんじゃないか。
そう考えだすと、その日はもう手が動かなくなります。
僕にも、はっきりそういう時期がありました。
今日はその話をします。
月8円という月がありました
僕がKindleで初めて自主出版したのは2016年です。
売れませんでした。
月8円という月がありました。
8円ですよ。
自動販売機にも入れられません。
そのとき僕が思ったのは、僕にはKindle出版は合わない、ということでした。
読まれる本をどうやったら書けるのか、まったく分からなかったからです。
それで5年間、本を書きませんでした。
ふてくされていた、と自分で言うのもどうかと思いますが、実際そうでした。
その5年の間、僕はアドセンスブログのほうを学んでいました。
検索されることを考えて記事を書くと、毎月の収益が立つようになりました。
そしてある日、この書き方はKindleにも使えるんじゃないかと思ったんです。
それで5年ぶりに書いた3作目が『50歳からのブログ運営戦略』でした。
2021年9月に出して、初月で約15,000円。
そこから読まれ続けて、この1冊で累計約60万円になっています。
いま僕がKindleで毎月の収益を上げているところだけを外から見た人には、この5年の空白は見えません。
8円も見えません。
だから僕は、誰かの成果を見て手が止まりかけたときに、この人にも5年くらいの回り道があったかもしれないな、と思うことにしています。
おめでとう、と思うことにしました
とはいえ、回り道があったはずだと思うだけでは、気持ちのほうが片づかない日もあります。
現役で働いていた頃の話です。
上司に反抗ばかりしていて、僕には不真面目に見えていた同僚が、僕より先に出世しました。
なんと理不尽な。
腹が立って、もんもんとする日が続きました。
そのうちのある日、これは人の評価に関わることで、僕が何かできるものではないな、と考えました。
それで、おめでとう、と思うことにしたんです。
心から祝えたのかというと、そこは怪しいですけどねw
思うことにした、というだけです。
それでも、気持ちが楽になりました。
そこからは、僕は僕なりに誠実に仕事を進めればいいと思えるようになって、落ち着いて最後までやり抜くことができました。
どのくらいかかったかというと、せいぜい1週間ほどだったと思います。
順番が逆なんですよね。
冷静になれたから祝福できるのではなく、祝福すると決めるから、自分の側が安心する。
安心してはじめて、なぜその人が成果を出せたのかを見る目が出てきます。
最近そう思った日を、思い出せませんでした
後から始めた人が、僕より多く収益を稼げるようになる。
そういう事例は、これまでたくさん見てきました。
そのたびに思うのは、それはその人が素直に一途に取り組んできた成果だ、ということです。
そして、僕もたんたんと取り組んでいれば、いつか僕の番がくる。
そう思いながら、AIについて本を書いたり発信をしたりしています。
面白いもので、今回この話をまとめるときに、いちばん最近そう感じた出来事を思い出そうとして、出てきませんでした。
ここ数年、あまりそういうことを思わなくなっているようです。
僕は成長したのだろう、と自分で言っておきます。
焦りやねたみのほうは、たぶん止められません。
決めておけるのは、それが起きたあとに何を思うか、のほうだけのようです。
発表されているのは結果だけで、回り道もあったはずだと思う。
喜べないときは、まず受け止めて祝福すると決める。
相手の成功と自分の成功は、別の問題として切り分ける。
僕の場合、この3つを通るのに、8円と5年と60万円がかかりました。
同じだけかける必要はないわけです。
それではまた!!