2666という数字は、書く理由ではなかったらしい
2019年4月27日から2666日、僕は毎朝ブログを書いてきました。先日、その連続更新が途切れました。記録が途切れたら、僕も少しは動揺するだろうと思っていました。積み上げてきた数字
2019年4月27日から2666日、僕は毎朝ブログを書いてきました。
先日、その連続更新が途切れました。
記録が途切れたら、僕も少しは動揺するだろうと思っていました。
積み上げてきた数字が消えるわけですから、それなりに堪えるだろうと考えていました。
でも実際に起きたのは、あーあ、止まっちゃったな、というくらいのことでした。
しょうがない、とすぐに思って、次の日からまたいつも通り書いています。
思い出してみると、日数のカウントは6月の途中からやっていませんでした。
手元で最後に数えたところから数えると、もう58日ほど経っていました。
その間も、カウントなしで、毎日ふつうに書いていました。
数えていなくても、僕は書いていました。
つまり、2666という数字を積み上げていくこと自体は、僕がブログを書く理由ではなかったということになります。
数字が果たしていた役割は、ここまで積み上げてきたものを、自分の手で止めたくないという気持ちを持たせることのほうでした。
積み重なっているものを壊したくない。
カウントしている間は、その感覚のほうが強かったのだと思います。
今回、その積み上げが止まったとき、壊したくなかったはずのものが実際に壊れました。
それでも、あーあ、で済んだのは、数字を増やすことがブログを書く動機ではないからです。
だから、カウントはもういいかな、と思っています。
数えなくても書くので。
2666という積み重ねは、数字としてそのまま残っています。
これは使えるところで、これからも使わせてもらうつもりです。
今日も、たぶん書いています。